前編では苫小牧到着までをご紹介。この後編では東京駅に帰るまでのすべてを紹介!
帰りも快適に帰れるのでしょうか?
苫小牧でお買い物♪
シルバーフェリーには冷食自動販売機しかないのでどうしても食べるものが偏りがち…。
苫小牧西港にはカーシェアステーションがあるのでそれを活用してイオン苫小牧でお買いものを計画。

苫小牧西港からイオンまでは線路があるためちょっと遠回りだけど、目立つ大きいスーパーを他に知らないためここに決定。
正直空腹なのと、これから次の日の夕方まで船の中ということを考えると必要以上の食料を買いがちなので注意したいところ。
到着した時間が21時過ぎと悪かったのかお弁当コーナーはすべて撃破されてました…これはヤバい。
結局イオンで買ったのは朝食用のパンとカップラーメン類とお酒のみ。弁当はわずかに帰り道から逸れるけど苫小牧TSにある24時間営業のセコマに寄ればいいかなと考えて出発。2019年に車で走ってた経験がここで活きるとは思いませんでした(笑)
車を返却する前に入船公園から船を撮影。あいにくの雨でしたが何とか撮影出来ました。今度は自分の車で来てしっかり撮影したいですね。

さんふらわあしれとこで首都圏へ
商船三井さんとしては夕方便を想定してるでしょうけど…。
今夜はあえて深夜便。50周年CPと株主優待の併用で5000円台で茨城まで帰れるのはなかなかおトクですよね。
乗船手続きを終え、1番搭乗口の長い通路を歩いて移動。この長さがわくわくを加速させますよね!

途中、今夜乗る「さんふらわあしれとこ」の写真などを撮りながら、徒歩乗船客など殆どいない深夜便の通路を移動しました。

シルバーフェリーと比べるとその大きさは段違い。やはり首都圏と北海道を結ぶ航路だけあります。
3階の旅客通路とは思えない細い通路から業務用のような簡素なエレベーターで4階へ。この船の生い立ちを知ってしまうとここまで簡素な作りなのも理解できるんですが、一般旅客視点から考えると夕方便に誘導したい商船三井さんの気持ちもわからなくもないですね。

しれとこ船内へ
今回案内された部屋は5番のベッドの部屋。窓が前方に向いているため夜間はカーテンの開けられない部屋でしたが、前に乗ってきたシルバーフェリーも同じような部屋だったので特に不満はありませんでした。

撮影した際に、手前の電気を付けていなかったので薄暗く感じてしまいますが、こんな感じ。夕方便の同じお値段の部屋と比べてしまうとどうしても差が出てしまいます。
部屋にテーブルと椅子はありましたが、相部屋の場合ににおいが充満したら申し訳ないので一つ上の階にある食堂(ホール)へ移動。
不自然に「Hall」の文字が右寄せ。左に何か書いてあったのかも知れませんがキレイに磨かれててわかりませんでした。
誰もいないホールでセイコーマートの豚丼とサッポロクラシックを味わいながらブログを更新。ここもかつては九州・博多へ向かう人、新潟・北海道に向かう人達で賑わってたときがあったんだろうなというのを想像しながら私の知らない時代のことを考えてました。


1時ちょっと過ぎに出港。
ホールから後ろに歩いて行くと男性浴室のところから外へ出られるみたいなのでちょっと外へ。

あいにくの雨だったので、ここまでしか出られませんでしたが、思っていたよりも広くてビックリ。
もう少し暖かくていい天気だったらここは最高なんでしょうが、雨のためすぐに船内へ戻りました。
お風呂の横に何やら設計図のようなものがあったので撮影。
起工日が2001年3月14日となっているのでおそらく姉妹船の「SFだいせつ」になってる船の名前が書いてあったと思われるものでした。不自然なPOP体で「さんふらわあ しれとこ」と書いてあったところに原本は違う船の名前が書いてあったのだと思います。
2001年といえば21世紀最初の年、もう21世紀に作られた船がここまでレトロ感を出してしまう年月が経ってしまったことに、21世紀初頭に社会人となった自分の年齢と重ねてしまう悲しさがあります。彼女は自分の青春とともに過ごしてきたんだね(泣)

わかってはいましたが、22年の歳月は残酷でどう見てもレトロ感を払拭できない内装、今の船とはちょっと違う空気感。至る所の表示ですらレトロに見えてしまって、当時を知っているはずなのにこんな時代だったっけ?と思うこともしばしばありました。

いまの船には無さそうなちょっと90年代っぽいウサギちゃんがいたりと表示類だけでも見てて面白い感じでした。
気がついたら朝でした
部屋に戻り、ベッドで横になったつもりが朝6時でした。お世辞にも広いベッドとは言えないベッドでしたが前日の疲れもあってよく寝られましたが、まだ朝早いので二度寝。レストランの営業自体がないので、朝食の時間も関係なく本当に時間を自由に使えるという点では最高だと思います。
9時半頃起床。外から波の音が激しく聞こえ船体がかなり揺れている…。もしかして今日荒れる日だった?とカーテンを開けると一面の波しぶき。そして立っているのがやっとの揺れ。あ、これヤバい奴と思ったのでトイレだけ済ませて再度ベッドイン。もうこのまま寝て過ごすことを決めました。
体制を上手く取らないと揺れて気持ち悪さが倍増してくるのと、あまりに寝過ぎて寝られなくなっているので早く寝ないとという気持ちとで焦りまくりながら12時。
起きるたびに静かになってますように…と祈りましたが通じず、一層激しくなる揺れ。これシルバーフェリーだったらもう八戸だったよね。明らかに選択間違えたよね…。とちょっと後悔しながらひたすらに耐えてました。
ふらふらになりながらも客室の表示に違和感を発見。昨夜は暗くて気付かなかったけどこんなところに昔の表示が残っていたとは…。まぁ、姉妹船は実際に火災になりましたので説得力が半端ない掲示ですね。
新しそうに見えますが、2007年より前の掲示ということになるんでしょうかね?ノーマークでした。
幸いにもこの区画には相部屋ながら他の旅客がいなかったので静かに過ごせたのは不幸中の幸いでしたが、これで4人いたらと考えるとちょっとヤバかったかもしれません…。
船は19時30分より少し前に大洗港に入港。気持ち悪さMAXの中の下船となりました。せっかく色々撮影しようと用意していたのにこんなことで出来ないのは本当に悔しいですね…。
大洗から東京へ

大洗に到着。さんふらわあが2隻もいるのは大阪南港とここくらいなので意外と近くで見られるんだと再認識。
大洗駅まではタクシーで5分ほどの移動。船内で食料を消費しなかったからそのまま荷物になってるのもあって歩きたくなかったんですよね。(船酔いMAXというのもあるけど)

大洗駅から水戸駅までは鹿島臨海鉄道で向かいます。
大洗は某戦車アニメがブームだったときに来て以来なのでかなりのご無沙汰。まだ至る所にキャラの看板類があって愛を感じました。
かつて駅にあった継電連動装置で遊べるのが無くなってたのは残念ですが、それもその当時の話なのでかなり昔に撤去されていたのかも知れません。

懐かしい某アニメと乗ってきたさんふらわあ(写真は夕方便)の看板に見送られ水戸駅へ。車両もいつの間にか新しくなってて当時との差にビックリです。

水戸で一旦途中下車。
水戸駅までの乗車券はあるし、コンコースにSuica専用改札があるので出場する必要は無いんですが、折角なので久々の水戸駅を散歩。
もう10年以上来てないのでいたるところが変わってしまって驚きでした。
乗り継ぎ時間も20分ほどと短かいので特急券を購入し最後の列車の「ときわ84」号で東京へ向かいます。
常磐線特急に乗ることが久々すぎて車内のメロディーが違うことを忘れていたり、車内でブログを下書きしてたらもう我孫子だったりと常磐線に全くなじみがない私なんですが何とか寝過ごすこと無く東京駅に到着。約39時間ぶりに東京駅へと到着いたしました。

船酔いがなければ今回の旅行は最高の旅行になったと思います。それだけに天気に恵まれなかったのが残念でした。
機会があれば今回の逆でもいいのでやってみたさはあります。












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